1999年(平成11年)
 1月 1日
会報「龍馬速報 第71号」発行 

今年もいくぜよ 大阪龍馬会

  • 年頭の挨拶
  • 龍馬のバトン−まえがき
  • 墓前祭報告(桧垣)
  • 萩駆け足ツアー(光谷)
  • 荒尾大会のどたばた(藤田)
  • 幕末カレンダー解説(上田)
  • 龍馬会がゆく6−「ゲスト光谷佳子氏で中岡慎太郎」(長澤・斎藤)
  • 行き着くところは結局龍馬
  • 富田林と河内長野を訪ねて(三輪)
  • 大坂の史跡を訪ねて1−夕陽丘1(長谷)
  • 天誅組がゆく14
  • 伝言板(林)
31日
第9回 総会 会場:大阪市中央青年センター 34名 「坂本龍馬と神戸」講師 土居晴夫氏
上田敏雄氏を議長に選出し、1998年度活動報告・決算報告を林事務局長より、報告し、承認。続いて、1999年度活動方針案と予算案を林事務局長より、提案し、了承決定されました。

その後、記念講演では、土居晴夫先生を講師にお招きし、「神戸と坂本龍馬」をテーマに存分に語って頂きました。総会終了後は例の如く「春駒」での懇親会となり、非常に有意義な1日となりました。

 4月 4日
会報「龍馬速報 第72号」発行

 21世紀の龍馬達へ

  • 総会レポート
  • 龍馬のバトン1−奉還のあと(五月女)
  • 入会して早一年
  • 鷲家口を訪ねて(三輪)
  • 大坂の史跡を訪ねて2−夕陽丘2(長谷)
  • 菜の花忌講演会(林)
  • 伝言板(林)
  • 幕末カレンダー解説(上田)
  • 愛しておくれ1(山口)
5月2-3日
第24回史跡探訪 金沢ツアー 16名
 「幕末ゆかりの地で1泊で行ける所は行き尽くしたし・・」「金沢は酒も魚も旨いし、たまには幕末を離れてこうゆう旅もええんちゃう?歴史のある街やし」「そうやなぁーえーなー」 その日は男性幹事が多かった。(告発するわけではないが)このような会話の流れで、今回のイベントのコースが組まれていったのである。これが、1泊2日のおよそ半分の時間が車の中という、前代未聞のツアーになりました。ゴールデウィークには絶対イベントはしないと堅く心に誓いました。
 7月 4日
会報「龍馬速報 第73号」発行 龍馬の書簡重文に
  • 京博見学会
  • 龍馬とピストル(河田)
  • 重文指定記事
  • 金沢ドライブツアー
  • 龍馬のバトン2−新政府の行方(五月女)
  • 幻の神戸ツアー(三輪)
  • 龍馬の心は我が心(桧垣)
  • 龍馬会がゆく8−「ゲスト北浦康男氏で橋本左内」(長澤・斎藤)
  • 大坂の史跡を訪ねて3−夕陽丘3(長谷)
  • 伝言板(林)
  • 幕末カレンダー解説(上田)
  • 愛しておくれ2(山口)
20日
第8回龍馬大学校 28名「龍馬殉難・西尾史観」会場:京都教育文化センター 講師:西尾秋風氏
 講師はご存じの、立命館史学会・西尾秋風先生で、今までじっくりと西尾説を聞く機会があまりなかったので、存分に先生に語っていただきました。

 当日は、先生の体調が芳しくなかったにも関わらず、それを感じさせない気迫で、「龍馬殉難・西尾史観」と題しての約2時間、西尾先生の龍馬に対する思いが充分伝わってきました。

 8月22日
第5回見学会 重要文化財指定記念 坂本龍馬 17名  会場:京都国立博物館
 京都国立博物館には坂本龍馬の手紙八通をはじめとして龍馬関係資料が戦前から収蔵保管されており、それらが今年春一括して国の重要文化財の指定を受けました。

 展示の坂本龍馬関係資料は坂本家のご子孫と近江屋のご子孫から寄贈を受けたもので、そのなかには龍馬が土佐の実家の姉や兄にあててしたためた龍馬らしい内容の手紙をはじめ、長崎で組織した海援隊の資料、新政権構想の草案、坂本家の家系図、剣術免状、龍馬着用の紋服、近江屋二階の暗殺現場にあった血染の掛軸や屏風などがあります。いずれも龍馬の活動の軌跡や心情などを知るうえで欠かせないものばかりでした。

 9月19日
第25回史跡探訪 彦根史跡探訪 講師:上田敏雄氏 12名
 上田幹事が渾身の力を込めたイベント。天寧寺(長野主膳の墓)や彦根城・埋木舎・長屋門・長野主膳旧宅跡・キャッスルロード見学のなど、有意義な時間を過ごしましたが、何と言っても今回のイベントの目玉は、井伊直弼が桜田門外で襲われたときの駕篭にひかれてた座布団を特別に見せてもらい、虎の毛皮張りで立派な物でした。血の跡かなと思われるところもあり、さらに井伊直弼もきていた部屋にも入らせてもらいました。龍馬会でなきゃなかなかできない体験だったね。
10月31日
ファミリーイベント「城山オレンヂ園」 26名
 快晴で、非常に過ごしやすい中、近鉄富田林駅集合。一路パラダイスへ。行ってビックリ。長蛇の列。テレビに出てから大人気になったとか。送迎バスに乗り込んで、園内へ。人・人・人の中、バーベキューの準備に取りかかる。この日大活躍の川口貞男氏と横山定氏の両幹事が、手際よく炭をおこし、土谷邦彦氏も大活躍。そして、1時間もしないうちに食事は終了。それぞれ大空の下で、ザリガニ釣りや、フィールドエアガン、みかん狩り、芋掘りなどを満喫し、(一部ずーっと宴会している人もいたが・・・。)存分に楽しむことが出来ました。帰りは、飲酒運転の人もいれば、ぐたーっとしている人もいて、有意義な一日となったのではないでしょうか。
11月 7日
会報「龍馬速報 第74号」発行
  • 墓前祭の案内
  • 龍馬大学校報告
  • 京博見学会報告
  • 彦根ツアー報告
  • 龍馬のバトン3−東京誕生(五月女)
  • 吉村虎太郎との出逢い
  • 大阪龍馬会ってどんなとこ?(三輪)
  • 高知旅行記(松山)
  • 龍馬会がゆく9−「ゲスト三輪ひとみ氏で坂本龍馬」(長澤・斎藤)
  • 城山オレンヂ園
  • 大坂の史跡を訪ねて4−夕陽丘4(長谷)
  • 伝言板(林)
  • 幕末カレンダー解説(上田)
  • 愛しておくれ3(山口)
15日
ホームページ開設
28日
第10回墓前祭 30名
 今回は東山荘での昼食。墓前祭を行い、霊山墓地を一周して、昼食。その後御所を散策し、一部高瀬川の史跡探訪へ。講師の野田司氏の奮闘。さすがに墓前祭は参加者も多くなります。紅葉には少し遅かったですが、過ぎゆく秋の一日を京都でゆっくり堪能しました。
12月26日
忘年会  劇団潮流稽古場 35名
 今年も忘年会の料理は、会員の北村泰介氏にお願いをして、豪華な伊勢エビ鍋を筆頭に、様々な料理が出た。10大ニュースや、ビンゴ大会などを行い、盛り上がった。二次会は北村氏の「たい坊」で行い、有意義な時間を過ごすことが出来ました。
1999年の思い出
         上田 敏雄

 私が入会したのが1991年でしたのですでにこの年は9年目で、大阪龍馬会ができてから13年目となる。「龍馬速報」を見るとこの年の新年号から連載の「龍馬のバトン」と「大坂の史跡を訪ねて」が始まっている。「龍馬のバトン」は16回まで続き、「大坂の史跡を訪ねて」などは現在も続いている超連載で書かれている長谷吉治さんには脱帽する。

 5月の連休を利用して一泊の金沢ツア−では出発してから渋滞のため5時間たっても京都にたどり着けず、サ−ビスエリアになかなか入れないためあちこちの車から人が降りてトイレに走って行く光景を目にした。もちろん我々も同様である。女性用トイレは長蛇の列で剛の女性は男性用トイレにどんどん入ってくる。始めて見る光景であった。おかげで金沢に着いたのはすでに夕刻で、宴会から始まった妙なツア−で、以降ゴ−ルデンウィ−クを利用するツア−は一切行っていない。

 この年の龍馬大学で講師をお願いしたのは西尾秋風先生。これまで何度も教えて下さった先生でしたが、この龍馬大学を最後に2003年にお亡くなりになられました。タオルを腰にして京都の繁華街で平気で止まって説明を始める、あの史跡紹介を聞けなくなってしまったのは非常に残念な事です。

 9月には彦根ツア−で、これは私が始めて一人で講師を担当した思い出のあるツア−。下見ではひとりで彦根の町を朝から夕方まで一日中歩き回ったことを思い出す。2度目の下見には半ちゃんが車で連れていってくれてまた新しい史跡を発見したりして、以降講師のメンバ−のひとりとして数えられることとなった記念すべきツア−だった。

10月には歴史とは何の関係もない城山オレンヂ園でのファミリ−イベントでバ−ベキュ−をした。探偵ナイトスク−プで紹介されていた場所で、すべて持ち主の方おひとりで手作りで作られたといういろいろな遊びがあったが、私はずっと飲んでばかりいたようだった。

この年からすでに7年たつ。まだあの頃は若い方たちについてゆけたが、自分の身体をごまかし続けたつけが今になって出てきたようで、身体にガタがでてきた。このような私だが容赦してお付き合い願いたいと思っている今日この頃である。

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