2000年(平成12年)

2月6日

第10回総会 場所:大阪府立労働センター会議室 30名 
  講師:小椋克己氏「坂本龍馬の手紙を聞いてみませんか」

 総会は上田敏雄氏を議長に選出し、1999年度活動報告と決算報告を林事務局長より報告し、会計監査報告を五月女明子幹事からして頂き、質疑応答の後、了承。2000年度活動方針案と予算案を林事務局長から提案があり、質疑応答の後、了承されました。
 高知県立坂本龍馬記念館の小椋克己館長の登場となり、「坂本龍馬の手紙を聞いてみませんか」との内容で、龍馬最長の手紙、5メートル(慶応3年6月24日 坂本乙女・おやべあて)〈平成11年6月7日 国の重要文化財に指定〉と、3メートル50センチの手紙(文久3年6月29日 坂本乙女あて)を全文朗読され、その手紙の内容から龍馬の考え、行動、思想などを存分に語っていただきました。さすがに、手紙朗読では第一人者と言われるぐらいの美声で、なおかつお話も大変うまく、とても有意義な2時間30分を過ごすことが出来ました。

2月10日

会報「龍馬速報 第75号」発行 
世代を超えて伝えたい男たちがいる

戊辰戦争戦跡案内・総会講演会報告・龍馬所持のピストルを入手・龍馬とピストル2(河田)
龍馬のバトン4-東京の傾向と対策(五月女)
墓前祭1998.1999(三輪)・忘年会での出来事・龍馬会がゆく9-「ゲスト三輪ひとみ氏で坂本龍馬」(長澤・斎藤)・小椋館長の講演を聴いて・大坂の史跡を訪ねて5-夕陽丘5(長谷)・伝言板(林)・愛しておくれ4(山口)・龍馬に肩車してもらった男
戊辰戦争戦跡探訪事前テキスト

龍馬速報 75号

4月16日

第26回史跡探訪 戊辰戦争戦跡史跡探訪 講師:林 慎吾 29名
 とにかく今回のイベントは「歩きまくり戊辰戦争無名志士の墓参り&史跡ツアー」!予定が盛りだくさん。
 城南宮、小枝橋、法伝寺のほか、「横山さんが走っている!」そうここはあのロケーション! 伏見の昔ながらのたたずまいの造り酒屋さん(松山酒造)。川沿いに面した土手にここにも菜の花がありとても綺麗でした。龍馬の隠れた材木小屋跡や大黒寺の薩摩藩九烈士の墓、松林院の登勢の墓などひたすら歩くコースとなりました。

5月13日

会報「龍馬速報 第76号」発行 
出でよ 現代の龍馬達!!

戊辰戦争戦跡史跡探訪に参加して・もし貴方が10分間だけタイムスリップできるとしたらどの場面に行きたいですか?・一晩だけ飲み明かせるとしたら誰と飲みたいですか?・龍馬とピストル3(河田)・龍馬のバトン5-藩政改革と新平、間一髪(五月女)・ひょうたんから駒の巻
吉田松陰と泉南市(三輪)・高知旅行記(松浦)
大坂の史跡を訪ねて6-夕陽丘6(長谷)
伝言板(林)

龍馬速報 76号

6月4日

第27回史跡探訪 大阪の史跡を訪ねてvol1 講師:長谷吉治氏 31名
 長谷氏イベント講師デビューの大阪史跡探訪、講師の博学に頭が下がる思いがしました。やはり市中引き回しのコースになりましたが、こんな所にこんな史跡がとの声が多数ありました。引き続き2回3回と続けていきたいと思います。

7月30日

第9回龍馬大学校 会場:クレオ大阪東 20名
講師:青山忠正氏(佛教大学総合研究所教授)「明治元年の大阪開港について」
 講師に佛教大学教授青山忠正氏を迎えて、「明治元年の大阪開港について」のテーマで語っていただきました。大阪新聞に「維新の舞台・関西(キラ星たちのメッセージ)」を連載されていたのを幹事の藤田和久氏が発見し、2年越しの企画でした。評判も良く、また招いて欲しいとの声も多数ありました。

8月6日

会報「龍馬速報 第77号」発行 36頁
鞆の浦史跡探訪・龍馬大学校・青山先生を迎えて 
京博「坂本龍馬と幕末の争乱」見学会・大阪史跡探訪参加者の感想・大阪史跡探訪での講師デビューを終えて・大坂の史跡を訪ねて7「大阪城周辺2」(長谷吉治)・龍馬の如く東へ西へ(桧垣義広)・近況報告 アンケート集計 
龍馬のバトン6「国家プランナー」(五月女明子)・行き着くところは結局龍馬!・龍馬脱藩の道(三輪ひとみ)・慎太郎&龍馬の旅(松浦栄子)・伝言板(林慎吾) 
戯曲「愛しておくれよ」5(山口ヒロ子)

龍馬速報 77号

10月1日

第28回史跡探訪  鞆の浦史跡探訪  
        講師:林 慎吾氏 20名

大きな渋滞もなく、スムーズに鞆の浦に行けました。対潮楼から見る景色は絶景でしたね。鞆の浦の雰囲気も色々味わうことが出来ました。

10月29日

会報「龍馬速報 第78号」発行 36頁 
21世紀に語り伝えたいこと・・・

墓前祭のご案内・鞆の浦感想・初めての高知旅行
龍馬とピストル4(河田晃彦)・いざ!東山霊山へ(三輪ひとみ)・龍馬と旅をするとしたらどこに行きたいですか? 
龍馬のバトン7「全国に裁判所を」(五月女明子)・墓前祭事前テキスト・大坂の史跡を訪ねて8「大阪城周辺3」(長谷吉治)・伝言板(林慎吾)

龍馬速報 78号

11月26日

第11回墓前祭+料亭ツアー 講師:林 慎吾 上田敏雄 38名
 当初予定していたコースを変更し、京都大学博物館の「尊攘堂」展示会を見学した。なかなか実物を見る機会が少ないので下見の段階で変更しました。峰吉の墓参りなど従来のコースから離れた所だったので、初めて行く方も多かったように思います。希望者にはいつもの高瀬川コースを行いました。

2000年を振り返って  長谷 吉治
 2000年(平成12年)という年は大阪龍馬会として充実した年ではなかったかと思います。会報は75号~78号の4誌が順調に発行されました。シリーズ化された連載もの、会員からの投稿原稿が多く、山口ヒロ子さんによる連載シナリオ「愛しておくれ」が5回目(会報77号)で完結しています。ストーリーは、龍馬を失ったお龍の晩年が舞台です。このような良い作品が、このまま埋もれていくのは残念です。再び機会を作って新会員の皆さんにも読んでもらいたいものです。史跡探訪も順調に年4回(4月、6月、10月の3回と恒例11月の墓前祭)実施されました。内容は、「戊辰戦争戦跡をめぐる史跡探訪」「大阪史跡探訪」「鞆の浦史跡探訪」です。また、総会(2月)では当時の龍馬記念館館長である小椋克己先生、龍馬大学校(7月)では、佛教大学教授 青山忠正先生をお招きしての講演でした。両先生とも非常に勉強になるお話でした。
 龍馬会での小椋館長の講演は、1998年(平成10年)の総会以来となります。小椋館長は、これからもすばらしい話が聴けると思っていましたが、私にとってはこの時の講演が最後のお姿でした。お亡くなりになったのがとても悔やまれます。私個人的に、この2000年という年は初めてイベント講師を務めさせていただきました。6月4日実施の「大阪史跡探訪 第1回目」で講師デビューを果たした忘れることができない年です。
 会報で「大坂の史跡を訪ねて」を1999年より連載することになったのが、大きなきっかけで、イベントをすることになったのですが、その後6回もシリーズ化して、継続していくとは思いもよりませんでした。
 大阪は歴史の重要な舞台の地であり、まだまだ知られていない史跡が沢山あるとわかってから、何とかそれを調べて公表したいという気持ちがありました。会報の連載後、さまざまな新発見ができ、自分自身が良い勉強になっています。
 6月4日の「大阪史跡探訪第1回目」は『夕陽丘周辺』で37箇所の案内でした。
 このイベントで紹介したかったのは、「陸奥宗光の墓所跡」です。石碑や史跡案内説明板で『坂本龍馬』の活字が確認できる大阪府内唯一の場所です。普段は入れない稱念寺境内に在る陸奥宗光最初の妻の墓碑も案内することができました。そのほかは「(英国外交官)アーネスト・サトウ宿泊の地 本覚寺跡」です。この本覚寺には、薩摩藩 小松帯刀や西郷吉之助が訪れています。一番最初の案内地「直木三十五文学碑」は、大阪では珍しく西郷吉之助と大久保一蔵の名が碑に記載されていましたね。何とか天王寺公園内にある池上四郎の銅像の案内を終え、コース終了を迎えたときは本当に安堵したことを覚えています。
 今回、原稿を書くのに2000年発行の会報に目を通しましたが、あるひとつの記事に注目しました。その記事がきっかけで、今後、少し力を入れて調べてみたいと思ったからです。それは会報第76号(2000年5月13日)、三輪ひとみさんによる「吉田松陰と泉南市」です。
 当時、私も泉南~岬町地域の史跡を調べていて、土浦藩の飛び地領である岬町周辺の史跡を調べに何度も足を運びました。
 このときの最大の収穫は、勝海舟が宿泊した「戸口仙蔵宅」の発見でした。(詳細は「会報第77号 P9」を参照ください。)
 吉田松陰の訪問先である山田家なども、一度は行かなければと思っていましたが、行けずに今日に至ってしまいました。近いうちに取材しようと思っています。
 大阪市内の史跡もそろそろネタが尽きようとしてきましたので、本格的にこの地域を調べ、会報で紹介させていただきます。

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